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神戸地方裁判所 昭和49年(わ)119号 判決

本籍

神戸市北区道場町道場一六番地

住所

同市同区有野町有野二、三七八番地

病院経営

近藤直

昭和一二年一〇月二九日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官宮森正昭出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年及び罰金二、五〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一〇万円を一日に換算した期間労役場に留置する。

この裁判が確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四二年九月一日から、神戸市北区有野町有野二、三七八番地において近藤病院を開設し、同病院の院長として医業に従事しているものであるが、所得税を免れようと企て、

第一、同四五年分の実際所得金額は一億二、二二八万一、一六三円で、これに対する所得税額は七、四七四万三、〇〇〇円であるにもかかわらず、診療収入の一部を除外するなどして得た資金で仮名の預金を設定するなどの不正手段により、右所得金額の一部を秘匿したうえ、同四六年三月一五日、所轄兵庫税務署において、同署長に対し、所得金額が四、五六〇万二、三一〇円これに対する所得税額が一、九三七万二、六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により、所得税五、五三七万四〇〇円を免れ、

第二、同四六年分の実際所得金額は一億九、九六九万九、〇八八円で、これに対する所得税額は一億三、〇二七万八、二〇〇円であるにもかかわらず、前同様の不正手段により、所得金額のうち一部を秘匿したうえ、同四七年三月一五日、同税務署において、同署長に対し、所得金額が四、八二四万三、五六三円、これに対する所得税額が一、八九三万七、五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により所得税一億一、一三四万七〇〇円を免れ

たものである。

(証拠)

一、被告人の当公判廷における供述

一、第一回、第五回、第一三回、第一四回各公判調書中の被告人の供述部分

一、被告人の検察官に対する供述調書

一、証人大久保新一郎の当公判廷における供述

一、大蔵事務官作成の脱税額計算書、脱税額計算書資料、資料付表、所得税確定申告書騰本(検察官請求証拠目録1ないし7)

一、安藤世顔作成の「貸借対照表」と標題のある書面綴(第一七回公判で取調のもの)

一、その余の証拠は、認定事実の関係で項目別に表示するのが便宜と考えられるので、後記「認定経過の説明」で引用する別表二において、各科目別認定金額に対応して記載する(但し、書証は同表末尾添付の「検察官請求証拠目録」の請求番号をもつて、物証は当裁判所の押収番号をもつて表示する)。

(認定経過の説明)

一、財産増減法による立証について

元来損益計算書(P/L)は企業における一定計算期間の総益金と総損金を項目に対照し、差引損益金を明らかにするもの、貸借対照表(B/S)は右期末における資産負債を項目別に対照し、差引正味財産額を明らかにするとともに、期首のそれと対比することにより間接的に右計算期間における損益を把握することができるものである。そしていやしくも正味財産額の増減をもたらす事象はすべて損益取引として把握され、損益計算書の内容をなすものであるから、理論上双方の損益は一致しなければならない。しかし実際問題として、損益に関する記録が著しく不十分或いは散逸したため、総収入と総支出とを対照する方法による正確な損益計算が不可能な場合が屡々あろうが、この場合であつても、損益取引は期中ないし期末の財産状態には忠実に反映しているとの事理に着目すれば、期首及び期末の資産、負債の額を帳簿伝票のみならず一切の証拠をも含めて認定することによつて損益を把握することは可能であるといわなければならない(この方法で損益を計算することを財産増減法と言つておく)。しかしこの計算法の難点は、いわゆる棚卸式に或時点における財産額を確定するものであるから、捕捉しがたい資産或いは負債があること、損益取引以外の正味財産の増減事由、殊に元入金の増減が混在していないかを注意しなければならないことである。全般の証拠から、本件は、昭和四五年分及び四六年分とも損益に関する帳簿伝票が極めて不十分で正確な損益計算は不可能と認められ、従つて収入や経費の算定でも推計を大幅に繰り入れてようやく作成できた査察官作成の損益計算書(第一九回公判で取調のもの)は参考とするにとどめ(しかしこの損益計算書はたとえ推計部分があつてもおうよそながら財産増減法により算出した損益額の発生原因を具体的に示すものとして、またその計算の正確性ないし妥当性を裏付けるものとしてそれなりに機能があるはずである)、もつぱら財産増減法によつて犯則額を確定することは適法であるといわなければならない。同時に右損益計算書をも検討し、勿論誤りがあれば修正し、推計による部分があれば誤差の大きさをも考慮にいれたうえ、双方の計算法による損益を比較することにより間接的にもせよ本件損益計算の正確性、殊にその計算過程において、元入金や借入金の入金が看過されて損益に混入する結果になつていないかどうかを吟味すべきであると考える。

二、古物代金、仲上たみえからの導入金(「事業主借」勘定)、近藤医院からの借入金(貸付金の戻りを含む。「近藤医院勘定」)が計算されていないとの被告人らの主張について

主張の明細は別表一のとおりであるが、各項目別の判断に先立ち、前項で述べた立場から査察官の作成した損益計算書を検討してみる。

先ず昭和四五年分は、貸借科目との不突合額一一六万七、八七五円を計上したうえ犯則所得金額を貸借対照表と同じ一億二三八万七、二八二円と、また昭和四六年分は、右不突合額九九万三、〇九〇円、犯則所得金額を貸借対照表に合わせて一億五、六七一万七、九八一円としているが、右不突合額の生ずる理由は、両年度に通ずるものとして、現金収入を除外したものを推計したこと(例えば四五年一月ないし三月分は現金収入除外分を仮名の普通預金としていたのを銀行調査によつて確認できたため、この額の公表現金収入額に対するいわゆる除外収入の比率が計算され、この比率をもつて被告人によつて秘匿されたままの同年四月以後及び四六年分の除外現金収入を推計している)及び四五年分として経費を算定する資料が全くないため比較的記録の残された四六年の経費の収入に対する比率を算出し、これを四五年分の収入に乗じて同年分経費を推計したことによる(所論は四六年の経費につき申告額をそのまま採用しなかつた点を非難するが、質問調査の結果判明した架空経費や資本的支出で当年のみの損失とすべきでない経費を控除して経費の額を確定することはもとより正当である)。従つて理論的には収入や経費の算定について、そしておおよその損益を推算する上について不合理な方法とは思われないのであるが、具体的な計算過程において次の如き誤りや疑問点が存するのである。すなわち、被告人の主張によると両年度を通じ、査察官の計上した収入中には、その請求手続を代行したため保険会社等から送金されてきて、そのまま患者に交付すべき慰藉料、付添料や休業補償等が含まれているというのであり、そしてそのような可能性を否定する証拠は全く存しないが、その実否ないし金額については検察官も被告人も明らかにしようとしないし、他の証拠を精査するもこれを明らかにすべきものがないこと、また四五年八月六日当座預金に振込まれた五〇〇万円につき、振込先やその理由等の確認のないまま漫然医療収入の振込金と即断していること、四五年一月二八日定期預金を解約した元利金一〇〇万八、六五三円が兵庫相互銀行三田支店「井上静子」名義普通預金に預入されているのを誤つて医療収入として計算されていること等である(右五〇〇万円と一〇〇万八、六五三円の件は(甲)204中当該口座の部分及び第二一回公判で取調の査察官調査書類「収入金額(四五年分)」参照)

以上を要するに、査察官作成の損益計算書については、四五年分所得として少なくとも右五〇〇万円と一〇〇万八、六五三円、合計六〇〇万円余が減額されなければならないことは明らかであるが、それ以外の点については、両年度とも幾何を収入金額から除外すべきであるか資料がないので見当がつかないものといわざるを得ず、その結果は本件の財産増減法による損益計算の正確性妥当性は右損益計算書によつて一応裏付けられたものとはいい得ない、換言すれば被告人らの主張する古物代金や導入金等の入金が所得に計上されているおそれがないとはいい切れないのである。

他方、右の如き古物代金、導入金或いは借入金の存在については、査察段階或いは検察官の捜査段階では被告人は勿論近藤病院関係者の何人からも申し立てられなかつたことは証人大久保新一郎の当公判廷における供述或いは被告人を含む病院関係者らの質問調書、供述調書に徴して明らかである。そして古物代金については、公判段階に至つて被告人から申立があり、その売却の仲介をした旨の笠原豊穂の証言や預り証(昭和四九年押二一七号の127ないし130)の存在によつて一応裏付けられているのであるが、他の導入金、借入金についてはそうした物証や第三者の証言もない。もつとも物証や証言があつても、査察、捜査段階で何故かような重大な事実について申立がなされなかつたかの点で、その証拠の真否や信用性について多大の疑問を抱かざるを得ないのは当然であり、従つて右の如き資金の使途に関する被告人の申立(別表一参照)が他の証拠と対比して首肯できるかどうか、少しく具体的にいえば、主張する使途を調査して他の預金や手持現金で支払つていることが明白な場合は右申立は虚偽であり、又現金収入の除外や架空支出によつて蓄積された裏資金の存在(前中滝蔵、奥山昌明、成徳寺悦子の質問調書によると相当多額の、殊に昭和四六年分は月額四、五百万円或いは五、六百万円もの裏資金が主として現金でプールされていることが窺われる。(甲)14、16、19、20及び61)をも考慮し、預金や手持現金で支払われている可能性のある場合はその申立には疑問をはさむ余地があり、逆に右可能性の少ないときはその申立を認容すべきであるという具合に、各個に検討し、その結果と他の証拠を総合判断して右主張に対する採否を決するのが相当である。右の観点から個別に検討した結果を次に示すこととする。

まず別表一のうち、(A)〈4〉((A)は「入金」摘要欄の符号、〈4〉は「支払」金額欄冠頭の書号を示す。以下これに準ずる)の五〇〇万円、(B)〈7〉の五〇〇万円、(C)〈6〉の一九〇万円及び(C)〈9〉の五六六万円については、これらはすべて所得を構成する当座預金或いは定期預金解約金から支払われていることは明らかであり、古物売却代金、仲上からの導入金、近藤医院からの借入金で捻出したとの主張をいれる余地は全くない。次に、(A)〈2〉の五〇万円、(C)〈8〉の二五〇万円は証拠によるとその金額や支払月日が異つており、((甲)48で明らかなとおり、四五年二月一五日、二五〇万円、同年五、六月ころ、五〇万円が正しい)これを訂正してみると主張自体理由がないこととなるうえ、右支払日に接して所得を構成する普通預金の引出がある。また、(B)〈1〉ないし〈6〉、(C)〈2〉及び〈3〉については、当日或いはその直前における普通預金、当座預金の引出状況にかんがみ、所得を構成する預金或いは現金から支出されたことは十分推認し得るのである(以上につき、(甲)204、なお、第二三回公判で取調の「医療外入金分の支払明細書」コピーに付せられた「国税局の検討」欄参照)。ところが、(A)〈1〉の六〇〇万円、(A)〈3〉の三〇〇万円(別表一では一〇〇万円であるが、(甲)54によると実際の支払額は三〇〇万円となつているから、その誤りと思われる)、(A)〈5〉の四〇〇万円、(A)〈6〉の三〇〇万円、(A)〈7〉の五〇〇万円、(B)〈8〉の四〇万円、(B)〈9〉の一〇万円、(C)〈1〉の一一五万六、〇〇〇円、(C)〈4〉の三〇万円、(C)〈5〉の一〇四万六、〇〇〇円、(C)〈7〉の一五〇万円については、前記「国税局の検討」欄を参酌し、(甲)204をはじめ諸般の証拠を検討するも、具体的に、所得を構成するどの預金或いは現金から支出されたかの点につきさのみ明確ではないのである。とはいうものの、被告人は、昭和四五年四月下旬以降、それまで除外現金収入金をプールしていた兵庫相互銀行三田支店「井上静子」名義や外数口の普通預金を次々解約し、その後は右払戻金を含め、前述の現金収入の除外分、架空仕入や架空経費計上による除外利益を預金せずに現金のままプールし、まとまれば架空名義定期預金や他の資産に運用したり、所得税その他の大きな支払の際には貸付金を仮装して公表当座預金に振込んだりしていることが窺われるので、支払時期、金額によつてはこの資金で支出されたものと推認することもあながち不合理とはいえないのである。

以上の点から考察するのに、別表一で主張する支出のうち、時期的にみて四五年一〇月ないし一二月のものの多くが所得を構成する預金現金から支出されたことの証明が乏しいこととなり、それに一口の金額も比較的大きいこと、同年九月ないし一〇月に五五〇万円、一、三一〇万円及び八〇〇万円という如く数回にわたり古物売却代金を被告人が入手している旨の証拠(前記笠原証言や預り証)の存することを考えあわせると、古物売却代金の主張中、四五年九月一〇日入金五五〇万円(全額)、同年一〇月一一日入金一、三一〇万円のうち(A)〈3〉〈5〉に相当する七〇〇万円(なお〈2〉〈4〉につき主張の認容できないことは既に述べた)、同月下旬入金八〇〇万円(全額)、合計二、〇五〇万円については被告人の主張を排斥するに足りる十分な証拠がないとして、昭和四五年分「事業主借勘定」貸記することにより犯則所得より控除するのが相当である。しかしながら、その余の主張については、仲上たみえからの導入金、近藤医院からの借入金等の月日、その都度の金額が主張自体も特定せず、かつこれを認むべき格別の証拠がないうえ(近藤一等の証言だけでは信憑性が乏しい)、本件査察及び捜査の段階でかかる事実の存在を推測するに足りる供述さえなされた形跡もないこと、前述のように、(B)(C)の大半が所得を構成する預金等から支出されたことが明白であつたり、或いはそのように推証できる状況があること、右状況の乏しい、その余の支出についても、前述の如くかなりの裏資金があつて或程度の支出の財源となりうること等に照らすと、右導入金や借入金等は存在しなかつたと認めるのが相当で、この点の被告人らの主張は採用できない。

三、未払借地料、未払給料の主張について

押収してあるカルテ綴(昭和四九年押二一七号の132)を検討するに、昭和四五、四六年度を通じ、近藤一或いは近藤千鶴が被告人の経営する近藤病院において、かなりの頻度で治療行為に従事していたことが認められるし、またその病院用地の一部(一、一六五平方米余)が近藤一の所有地であることも証拠によつて明らかである。ところが、その給料或いは賃料について何らの取り決めもなされていないことは被告人の供述するところであるが、現実にはその代償という了解の下に、近藤一の経営する近藤医院において必要とする薬品の一部或いは入院者の給食を被告人の近藤病院から供給されていることが窺われ、その代金については、被告人において請求はもとよりそのための準備さえした形跡が認められないのである。検察官は、近藤一及び千鶴の右労務提供又は土地提供については無償としながら薬品代や給食代については有償とし、時価により被告人の近藤一に対する債権として計上しているが些か酷に失するという感じが払拭できない。当裁判所としては、給料、賃料については何らの定めのない以上、主張の如き、未払給料として近藤一及び近藤千鶴に対する昭和四五年分二、五五四万五、〇〇〇円、昭和四六年分二、八四二万円、近藤一に対する未払借地料として昭和四五年分五五万円、昭和四六年分一四〇万円に関する主張は到底是認できないが、被告人から近藤医院に対する薬品及び給食の供給は右労務及び土地提供と対価関係に立たせ、一方が異議を述べない限り互に請求権を放棄するのが双方の意思であると認め、しかも金額的にも格別不均衡に失するおそれもないので、右意思にそうて「近藤医院勘定」として掲記してある債権額から、昭和四五年分薬品購入額三八三万三、九〇四円、入院患者給食費一三三万八、五六二円、合計五一七万二、四六六円、昭和四六年分医療薬品購入額四二四万五五八円、入院患者給食費一一八万四、三五〇円、合計五四二万四、九〇八円を消滅させるのが相当であると考えられる。

しかしながら、被告人の妻千里に対する給料相当額(昭和四五年分一、一三二万五、〇〇〇円、同四六年分一、二五七万円)を被告人の所得計算上必要経費として控除すべきであるとの主張は所得税に関する立法論の問題として傾聴に値いするとしても(例えば、青色申告における事業専従者給与額控除を如何に定めるかの問題。しかし本件では青色申告の取消のため青色申告に伴う各種特例の適用のない場合であるから論外である)、現行所得税法の解釈としては到底採用することができない。なお、近藤病院による医療所得は、妻の担当する産婦人科、小児科を含め、同病院全体のものがもつぱら被告人に帰属し、被告人と妻との間に利益分配契約等は全く存在しないことが証拠上認められるのであるから(被告人及び近藤千里に対する検察官調書参照)、同病院が被告人と妻の共同経営体であることを前提とする所論も採用するに由ないというべきである。

四、病院西館増改築にともなう経費(昭和四六年度分)の追加計上の主張について

昭和四五年分及び同四六年分の償却資産(建物、建物付属設備、構築物、車輛運搬具、船舶及び器具備品)に対し、付せられた価額はいずれも取得価額によつていること、適法な減価償却が計算されていることは、別表二の償却資産の各科目毎の認定金額に付記する各証拠によつて明らかである(ただ弁論要旨添付付表で指摘されたとおり、器具備品勘定(昭和四六年分)において「医療機器オートクレープ」「同未熟児保育器」の償却計算額を各「四六七、四〇〇円」「一三〇、〇七二円」とすべきところ一桁違つた「四六、七四〇円」「一三、〇〇七円」と逆算していること明らかであるから、この額は「器具備品」の金額から減算しなければならない。(甲)219参照)。所論は、増改築に関する経費計算の基準としては、いわゆるL-バツハ方式によるべきであると主張するが、所論がその根拠の一つとして採用する所得税個別通達、直所二-七九でも明らかなとおり、「増築、拡張、延長等物理的に付加されたことが明らかな部分に対応する金額」は当然資本的支出にあたるものとしその取得価額をもつて資産に計上し、年末に減価償却の対象とすべきもので取得時に収益的支出即ち経費としては処理しないのである(弁護人の採用する安東世顔の証言の趣旨もL-バツハ方式によりうるのは、増築なのか、増築に伴つた修改築なのか区分がはつきりしない場合であるという)。以上の点にかんがみ、本件償却資産に付せられた価額は前掲各証拠によつて検討するも会計原則に適合しているというべきである。なお、被告人がL-バツハ方式によつたという計算過程は、その示すところによるもさのみ明確とはいえず、殊に実際の支払額が当初の契約額よりオーバーした部分を経費として処理せんとする傾向に至つては不当も甚だしく、右L-バツハ方式とは何の関係もない独自の理論と思われる。

五、山川医師に住宅(土地・建物)を提供したとの主張について

所論は、被告人が権藤美佐子から代金九〇〇万円で買い受けた土地建物は、山川雅義医師を近藤病院副院長として招くにあたつて提供することを約束していたものであるからこの代金を支度金として処理するというのである。しかし被告人が本件土地建物を山川医師に無償で使用させる意図で取得したとしても、そのことから直ちに所有権移転まで合意したとの根拠にはならずまた昭和四五年及び四六年中において、被告人が本件不動産を右山川に贈与したとか、或いは右取得代金九〇〇万円を山川に贈与したことを認めるに足る証拠は存しない(被告人自身も質問調書において自己の所有であることを認めている。〈9〉8)。

六、土地購入にともなう経費を土地価額から控除すべき旨の主張について

所論は、昭和四五年中、今村喜代市から購入した土地代のうち三〇万円、昭和四六年中、藤井忠夫から購入した土地代のうち五七六、〇〇〇円は、売買当事者間の話合いにより、ガス灯その他による被害補償の公害対策経費として右各金額を決定して支払つたものであるから、購入経費として土地価額から除かるべきであるというのであるが、売買当事者の各質問調書によるも、売買代金と右補償金額が区分して決定し支払われた旨の事情は毫も窺われず、また所論のうち右今村、藤井自体も昭和四九年度に至つて修正申告した点にかんがみると、売買にあたつては右補償金の問題等は双方考えたこともなく、むしろ後日に税金対策として右今村、藤井が考案して被告人に同調を求めたものであろうと思われる。

七、預り保証金が過少であるとの主張について

別表二の当該勘定に対応掲記の証拠を検討すると、当該金額は個別に支払契約書、領収証控、返還された預り証等の関係物証により調査した結果を集計したものと認められ、首肯できるものである。所論は保証金を受け入れても領収証を切つていないものがあるとして推計により上乗せ計算しているが、むしろ合理性が乏しく採用するに由ない。

八、まとめ

訴因の所得金額計算の基礎となつた各科目別の財産増減額、これに対し公判で争われた金額及び以上の検討を経た当裁判所の認定額を対照させ、これに証拠を付記したものが別表二である(右「公判で争われた金額」には、例えば自費医療収入の未収金や預金の利息部分など、証拠の点から、或いは所得の性質上、反則所得とならないものは除外した)。

(法令の適用)

所得税法二三八条(併科刑及び二項適用)、一二〇条一項三号、刑法四五条前段、五七条本文、一〇条、四八条二項、一八条、二五条一項、刑訴法一八一条一項本文

(裁判官 金山丈一)

(別表一)

医療外入金分の支払明細書

〈省略〉

(別表二) 財産増減法による犯則所得認定額と証拠の対照表

その一

昭和45年分

〈省略〉

〈省略〉

(税額の計算)

〈省略〉

その二

昭和46年分

〈省略〉

〈省略〉

(税額の計算)

〈省略〉

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